愛の輪 試し読み


愛の輪


SATDAN






「それでこれが現代における創造物の最高傑作であると?」

研究員は疑わしそうな目でそれを見つめていた。

「そうとも。これこそが私の最高傑作。21世紀における最高の発明だよ」

博士は自信と充実感に満ちた顔で答えた。

「しかし本当にそうでしょうか。私にはそうは思えません。こんな夜更けに突然呼び出されて慌てて来てみればこれが完成品だと言う。一体これは何なのですか?こんな物、どう見てもただの輪ではありませんか。傍から見ればただのフラフープですよ」

「何を言うか。この最高傑作をフラフープだなどと。これはそのようなお遊びのための幼稚な物では無い。見ていたまえ。今にこの発明の素晴らしさが分かるだろう」

そう言うと博士は最高傑作だという発明品を手に取り、研究員の前に差し出して言った。

「さぁ、このスイッチを押してみたまえ。上のスイッチだ」

その発明品はフラフープのような輪の形をしていた。縁の部分はフラフープと比較すると若干太くなっており、マグカップほどの太さになっている。縁には二つのスイッチがあり、アルミで出来ているように見えた。また、輪には何箇所かに穴が開いており、その穴は規則的に並んでいるようだった。スイッチと穴を除けば特にこれといって何かがあるわけでもなく、特徴的な装飾も施されていない。全体は光沢のないコーラルカラーをしていた。

「ここを押すだけでいいんですか?」

「そうだ。そこを押すだけでいい」

「本当ですか?主電源は一体何なんです?見たところコネクタも何もありませんし、そこまで重いわけでもない。一体どうやって動いているのですか?」

「まあいいじゃないか余計なことは。どうせ言ったところで新人の君には分かるまい。そのうちこれを公表する時が来たら教えてやる。まずは押してみるんだ」

「はぁ…」

研究員は納得のいかない表情をしていたが、一先ず言われたとおりにスイッチを押すことにした。

研究員が二つのうちの片方のスイッチを押すと輪の内部から鈍い音が鳴り始め、それと同時に複数ある穴の1つから生暖かい空気が放出され始めた。この音は約10秒間続き、その間研究員と博士を含む外部環境には何ら変化が見られなかった。その後音は収まったものの、穴からの空気の放出は続いた。

やがて空気の放出が終わると辺りには一時の静寂が訪れた。この間も博士は万物の創造主の如きにこやかな表情でその様子を見つめていたが、研究員は目の前の装置らしき輪にますます懐疑心を募らせていた。ここまで約13秒間、未だ何の変化も起きていない。一体この一連の動作に何があったというのだろうか。もしかしたら博士はこの無意味なプロセスを通して人生の無意味さを伝えたかったのかもしれない。スイッチを押して装置が動き、空気が出る。この13秒間は人生の縮図なのだ。天文学的な時間の流れから見れば我々の人生など浜辺に無数に存在する一粒の砂に等しい、あるいはそれにすら満たない存在である。あらゆるものは滅び、いつかは無に帰していく。何も無くなるのだ。我々が成し遂げることなど所詮は何の意味も持たない。まるでこの装置のように。そう考えてみるとこの装置も案外悪いものではないかもしれない、研究員は目の前の最高傑作に対してある程度納得のいく解釈を見出していた。
しかし次の瞬間、彼の解釈は一気に崩壊した。あれほど無意味に思えた装置がついにその真価を発揮し始めたのだ。

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